鯖だけではなかった鯖の道(7) 惨澹たる北山
2015年4月28日
フジ谷峠を目指して歩いている。
以前は、といっても昭和42年であるが、八丁平からフジ谷峠を越えて尾越にくだって一泊、そこから百井にでて百井峠を越して鞍馬にくだった。フジ谷峠は最もかどうかは分からないが、典型的な北山の峠だと思うのだ。

◆寂しげなフジ谷峠の道標
1.終末を迎えたフジ谷峠
芝生の林道は北にカーブする(10:32)
■ここがフジ谷峠への分岐だ。

フジ谷峠。杉林の峠だが、ほどよく間伐もしてあり、涼しい風が吹き抜けて行く。休憩場所には最適だ。もちろん休憩。(10:35−10:42)
峠を越えて降りようとすると・・・
■・・・・・・・・絶句!
谷がない!いや谷はあるのだが、谷ごと持っていかれた!
道は尾根をジグザグに降りていたと思うので、植林帯を少し降りてみた。どうやら、ジグザグの道は半分ほど流されているようだ。これが看板に書いてあった「崩落」か。
あきらめきれずに尾根筋を半分ほど下ってみた。南側にある小さな谷との出合いもごっそり抜けている。「抜ける」という表現がぴったりだ。

ぴったりだ、と感心している場合ではない。引き返してジグザグ道降り口の道標まで上がってきた。このコースは「廃止」になるだろう。道標も情けなそうに建っていた。ここで約30分のロス。しかたなく林道で大回りする。
■ニノ谷へ
林道も崩落が続き、荒れ果てていた。
まわりに回って、フノ坂道との合流点(11:18)
フノ坂道が降りてきて、前方右に下って行く。ここで10分ほど休憩した。
杉植林帯を抜けて二ノ谷管理棟に至る(11:36)
フジ谷道との出合い(11:42)
崩落した土砂が堆積している。管理林道だけは土砂を取り除いて復旧させたようだ。フジ谷道はこれで終焉だろう。
2.尾越にてまた絶句!
■尾越の里
すぐに尾越の里に下るが、とても里といえる状態ではなかった。またまた・・・・・・絶句。


写真はもっと撮ったが、とても紹介する気にはならない。以前は美しい山村だったのだ。由良川源流溯行の帰り道、ここにテントを張って、夜は区長さんの家にお邪魔して、山村の暮らしの話を聞きに行ったのだ。申し訳ないが、その中味は覚えていない。記録を見ると「泊っていけ」と声をかけていただいたようだ。登山者にもやさしい土地柄だったのだ。
このお家はまだ現役のようだが、夏場だけなのだろうか?冬は厳しいと思う。冬も厳しいが夏も厳しい。
休憩もせずに、すぐに大見に向かう。大見への峠で休憩(12:17)
■大見にくだってきた(12:45)
石垣の台地には家があったのだろう。離村されたのか。

大見の三叉路(12:49)
ここには地蔵祠がある。よくみると、前掛けのデザインはオグロ峠のお地蔵さんと一緒だ。オグロ峠のほうも大見の方にお世話してもらっているのだろう。
大見の外れ、大見尾根に至る林道の傍で休憩(12:55-13:17)、2回目の昼食とする。
昼食はいいが、ここまで書いてきて筆が進まない。尾越にしろ大見にしろ、都市に近いはずなのに、今まで歩いてきた小入谷や針畑谷の集落より荒れはすごいぞ。こういう山村の復活はあるのだろうか?京都北山の集落はみなこんなものなのだろうか?山村に根ざしたものづくりをするしかないとは思うのだが・・・
かつて、ここには「大見公園計画」というのがあったらしい。http://blogs.yahoo.co.jp/yasudaimonji/36139165.html
今は、ここに書いてあった風景よりはマシになってはいたが・・・・都市の都合で発想した計画だけはやめてもらいたいものだ。土地の転売はヤバいぞ。
3.そうだ、行こう京都!大見尾根
気を取り直して出発。林道を登って行く。ガラガラ石の地面で歩きにくい。


所々にタイヤ跡が残っている。オフロードマニアしか通らない道なのだろうか。
■名物と化した不法投棄の廃車群

廃車を見なければ、峠のロケーションは非常にいいのだが・・・
大見尾根の峠付近の道(14:30)は美しい。

何を考えてるんだろうね?京都の人。もっともクルマを捨てるのは京都の人ばかりとは限らないが・・・・
国際観光都市、京都が泣くぞ!洛中のひとはハナセ峠を越えたら化外の域なのか。昔、「老の坂を越えたら魑魅魍魎が住む地」だと聞いたことがある。老の坂には鬼が居たというし・・・まあ、そんな感覚の人が多いんだろう。
ボクは悪いが魑魅魍魎の住む地の人間だ。鬼が住んでいた山も近い。文句あるか!
書いていて段々腹が立ってきた!そうだ!行こう京都!って、ここへ来てみろや!
杉の峠(15:11)
大見尾根は、いつだったか昔、雪の日に歩いたのだ。浅い雪を踏みしめ雑木林の中を通った道。もうそんなものは全くない。
■鞍馬一直線
休憩もせずに花背峠通過(15:21)
ヘアピンカーブの下の水場で頭を冷やした。
百井別れ通過(15:45)
酷道だ。この道もよく歩いた。
花背トンネル早期開通の看板のあるところで古道らしき道を発見(15:49)
下の口からみるとこうなっていた。花背トンネル早期開通の看板の横だ。
古道橋(16:01)
京都バスのバス停に「古道橋」というのがあった。振り返ってみると確かに小さな橋がある。そうか、(旧)花背峠から降りてきた古道が、さっきの古道の痕跡のところを通って、古道橋を渡っていたのか。

さて、地図をみると鞍馬まで約2km、時間はまだ16時過ぎだ。もう鞍馬に来たのも同然ということで休憩とした。(16:10−16:30)場所は350mのコンターを少しくだったあたり、沢水が流れ落ちていたので水を補給しつつ、3回目の昼食。もう昼食という時間ではないが・・・
再び歩き始めてすぐ、水道タンク、まもなく鞍馬の街に入った。
17:01、鞍馬寺山門石段前到着
まるで図ったみたいな到着時刻だ。図ったけど。実際の鯖の道は、あと約10km、2時間強。足は大丈夫そうだが、この階段を見てしまったら気持ちが萎えてしまった。

とりあえず祝杯ということで、喫茶店や食堂を探したが、すでに閉まっていた。一軒、楽楽というお店が開いていたので、とりあえずビールと天ざるで一人祝杯をあげた。まだ残っているのでビールは一本だけにしておいた。
結局ここで、小一時間、若女将?と喋りながらゆったりと余韻にひたった。
(まだつづく)